犬が眠った日

研究分野は社会学・インターネット上の表現活動。その関係の記事多し

インターネット上における創作コラボレーションのメカニズム(仮)

以下の文書は、修士論文の序章と1章(先行研究の説明)の途中までの文書です。進まなくて、息が苦しくなる

1.問題意識

 2010年現在、インターネット(ウェブ)上における個人の表現活動は初期より容易になっている。1993-4年前半頃の月に10万単位の接続料金(定額の専用線の場合)が掛かかり、大学生が大学のサーバーを借りて発表していた時代(ぱるばら 2005)から、月に2000円程度の常時接続環境(従来の電話線によるダイヤルアップ接続と比べた場合、理論値で約1000倍の速度)で、無料サービスを利用して音楽や動画、文章を配信できる時代となった。インターネット以前の多数の人々へ向けて表現を行う方法(同人誌・路上ライブ・学園祭ライブ・ラジオへの投稿はがき・漫画雑誌や小説の新人賞への投稿・張り紙・パソコン通信など)と比べても、現在のインターネットは多数の人々へ向けて表現することの敷居を下げている。
 このように個人の表現活動が容易になる中で、その活動は時代を通して言及されてきた。95年に村井純(村井 1995)やニコラス・ネグロポンテネグロポンテ 1995=1995)が述べたことは、現在では「CGM消費者生成メディア)」や「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」という言葉を通して語られている。最近の大きな転換点としては、2005年に登場したYouTubeだろう。この登場によって、それまではインターネット上でも敷居の高かった映像による表現とその需要が一般化した。もちろん、ビジネスとしての映像共有サービスは現在でも難しい状況にある。だが、文章・イラスト・音・映像の四つが、一般的な利用メディアとしてついに出揃ったことになる。
 本論文で分析対象とするものは、このインターネット上における個人表現活動の中でも、個人間のコラボレーションによって著作物を作る活動(行為)である。この場合の「コラボレーション」とは、「個々人による作業を何かしらの方法によって一つの成果物に結実させる行為」と本論文では定義している。著作権法においては、複数の著作者による創作性が一つの著作物に集約されたものの内、著作者間に関係性があるものを「共同著作物」、関係性がないものを「二次的著作物」と言う。また、スケジュール管理や伝言役のような直接創作しない人は、著作権法上著作者となることができない。しかし、本論文の「コラボレーション」では、共同著作物・二次的著作物を作り出す行為を共に「コラボレーション」と呼び、直接創作しない人々もコラボレーションの参加者とみなす。
 そして、本論文で解明する問いは、そのコラボレーションを人々がどのように行っているのかというものである。具体的には、どのような動機からコラボレーションを行い、どのように人を集め、どのような役割分担を行い、どのようなコミュニケーションを通して作品を作っているのかである。さらに、そのインターネット上のコラボレーションの類型化と企業におけるコンテンツマネジメントとの比較を行いたい。
 以上の論証のため、まず第1章で「個人」への注目・そのコラボレーションの先行研究をまとめる。第2章では、コラボレーションを行っている人々へのインタビューや掲示板などで行われたやり取りから、その実態を探る。第3章では、以上を受けてインターネット上におけるコラボレーションの類型として、「合作」・「二次的」と「バザール」・「伽藍」の類型基準を提案する。そして、インターネット上におけるコラボレーションと、企業におけるコンテンツマネジメントの比較を行う。

2.先行研究

 2009年に発売された『みんなの意見は案外正しい』の文庫版(原著は2004年。翻訳は2006年)の解説で、山形浩生は次のように述べている。

(『みんなの意見は案外正しい』以後に現れた)類書のスタンダードな構成としては、まずウィキペディアとグーグルの話をし、アマゾンやイーベイでの集合的相互評価システムの話をする。リナックスを例に集団的創造の話題に触れ、TwitterYouTube とブログを組み合わせて新しいジャーナリズムのあり方や、それを通じた市民社会ガバナンス再建の話をし、現在の沈滞した代議制民主主義の限界をひとしきりくさしてから、ネットが可能にする新たな直接民主主義社会の夢をうたいあげる――そんな感じになるだろう(山形 2009)(カッコ筆者)。

 山形の発言は、ネットに焦点を当てた集合知がテンプレートを作れるほどまで語られたことを示している。日本で言えば、2006年に梅田望夫が出した『ウェブ進化論』(2006年2月)から、雑誌・ブログ・書籍などを通して同種の話が盛んに語られた。『ウェブ進化論』以後も、動画共有・投稿サービスの「ニコニコ動画」(2006年12月)、ケータイを執筆・媒体道具として非プロの人々が投稿した「ケータイ小説」、イラスト投稿SNSである「ピクシブ」(2007年9月)、ミニブログとチャットを融合したサービス「ツイッター」(2006年8月)、合成音声ソフトの「VOCALOID2」(2007年8月)などが新たな燃料となり(登場は『ウェブ進化論』以前のもあるが、注目されだしたのがその後)、この種の議論を続かせている。
 続かせていると書いたが、大本のところ、この議論は1980年代末から続く議論である。吉田純(吉田 2000)によれば、日本の情報化に関する議論は2000年時点で3段階を踏んだという。1960年代半ばから1970年代初めにおける、具体的な技術やサービスに乏しい「言説主導の『情報化』」。1980年代における、技術革新と中央省庁主導による情報化政策を元にした「システム中心の『情報化』」。そして1980年代末から1990年代における、パーソナルコンピュータとCMCネットワーク普及を元にした個人間の「コミュニケーション中心の『情報化』」である。
 これは2000年時点の議論であるが、10年後の2010年から見て、2000年代は3段階目の本格期にあたったと主張したい。1999年から2001年は、パソコン・インターネット共にそのほかの時期と比べて普及率がもっとも上がった時期である*1。1999年に現在の日本の電子掲示板を象徴する「2ちゃんねる」と携帯とインターネットを結びつけた「i-mode」誕生し、2000年の流行語大賞に「IT革命」が選ばれ、2001年の同時多発テロでブログに注目が集まった。これらを出発点として、2000年代は3段階目を突き進んだとみなせる。
 本論文の議論も、この80年代末から始まる3段階目に位置する。その中でも、本論文に関係の深い先行研究を述べていこう。

企業より個人に注目する研究

 本論文の直接的な先行研究となるのは、井手口彰(井手口 2009)の論文である。この論文は、"社会学者"による"ニコニコ動画"における"コラボレーション(協同制作)"の"事例研究"であるという点で、本論文ともっとも近い位置にある。
 だが、井手口の研究も、それ以前の先行研究の延長線上にある。ここでは、分野を意識しながらも、なるべく時系列的に先行研究を述べよう。井手口の研究は、他の研究とあわせて後述する。

―以下、まだ纏めきれていない先行研究―

 企業(生産者)の一成員という役割の外で個人が行う様々な貢献への注目には、大きく分けて三つの時代区分に分けられる。
 まず、鶴見俊介(1960『限界芸術論』)やアルビン・トフラー(1980『第三の波』)の研究が初期に当たる。この時期の研究は、後続の研究に「限界芸術」や「プロシューマ(生産消費者)」という概念装置を与えるものであった。トフラーは、彼が「プロシューマ(生産消費者)」とする具体例を出してもいるが、それらの具体例が後続の研究に顧みられることはない。また、その用語の部分以外で、後続の同種の研究にトフラーが触れられることもない。
 次の中期は、コンピュータの普及、インターネットの民間への解放(1990年に商用プロパイダが登場)から始まる。これによって、それ以前と比べて、

  1. 個人がその貢献(デジタル化できるもの)を大規模に伝えられるようになる
  2. 個人の貢献を大規模に集められるようになる

という特性が個人の貢献に加わった。つまり、個人の貢献のパワーアップがここでは行われたことになる。このパワーアップによって、この種の話で必ず登場し、後続の研究に顧みられている「オープンソースにおけるバザール方式」という事例が生まれた。研究者としては、「バザール方式」を提唱したエリック・レイモンド(1997『伽藍とバザール』。提唱の切っ掛けとなったリナックスの開発は、1991年に始まる)がこの時期を代表する。
 最後の後期は、企業・NPO・個人が個人の貢献をサービスの一要素として活用し、それが注目されるようになった時期である。たとえば、Googleの検索システムやWikipediaがその例としてよく挙げられる。ジェームズ・スロウィッキー(2004『「みんなの意見」は案外正しい』)、エリック・フォン・ヒッペル(2005『民主化するイノベーション』)、ドン・タプスコットとアンソニー・D・ウィリアムズ(2006『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』)、梅田望夫(2006『ウェブ進化論――本当の大変化はこれから始まる 』)、シャーリーン・リーとジョシュ・バーノフ(2007)、ジェフ・ハウ(2008『クラウドソーシング』)などが研究者の例である。それぞれが提案した概念装置としては、「集合知」・「イノベーションの民主化」・「ウィキノミクス」・「総表現社会」・「グランズウェル」・「クラウドソーシング」(順番通り)がある。
 そのなかでジェフ・ハウ(ハウ 2008)は、このような不特定多数の人々の貢献を次の4つに大別している。

  1. 集団的知性・群集の知恵−個人が知恵を持ちあって、未来を予測する。問題を解決していく。例として、「予想市場」・「問題解決ネットワーク」・「アイデアジャム(オンラインで行うブレーンストーミング・集団発想法)」
  2. 群集の創造−CM・翻訳・Tシャツのデザインなどの作業を群集に委託する。例として、写真や映像などのオンラインマーケットである「アイストックフォト」
  3. 群集の投票−群集の判断力を利用し、大量の情報を整理する。例として、グーグルの検索システム・ソーシャルブックマーク
  4. 群集の投資−集団的財布を活用し、人々の大規模な集団が、銀行などの金融機関のかわりに融資をする。一般人からのアーティストへの出資をつのる「セラバンド」

 私の研究は、この中でも群衆の創造を中心とし、その中での実際の人々の関わり合いの実態を対象としている。

コンピュータを介したコラボレーションの研究(グループウェア

  • 速水治夫編著,2007,『グループウェア――Web時代の協調作業支援システム』森北出版株式会社.
  • 溝口文雄・児西清義,1992,『チームの知的生産技術――グループウェア入門』講談社.

個人間のコラボレーションの研究

  • 井手口彰典,2009「「組曲『ニコニコ動画』台湾返礼」の成立プロセスとその意義--CGMにおけるコンテンツ生成の一事例として」『阪大音楽学報』(7):49-63.
  • Jarvenpaa, Sirkka L & Knoll, Kathleen & Leidner, Dorothy E,1998,“IS Anybody Out There? Antecedents of Trust in Global Virtual Teams,”Journal of Management Information Systems,Vol. 14 No. 4, Spring:29 – 64.
  • Andrew Lih,2009,The Wikipedia Revolution: How a Bunch of Nobodies Created the World's Greatest Encyclopedia,Aurum Press Ltd.(=千葉敏生訳,2009『ウィキペディア・レボリューション――世界最大の百科事典はいかにして生まれたか』早川書房.)

参考文献

*1:[http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6200.html:title=図録▽パソコンとインターネットの普及率の推移]