犬が眠った日

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オリジナルアニメ『Code of SMILE』公開:創作コラボレーションは、魔法の砂なんかじゃない

オリジナルアニメ『Code of SMILE』公開

2012年5月5日、オリジナルアニメ『Code of Smile』がニコニコ動画で公開された。制作は「Nico-Animation Project」(通称「ニコ-アニ」)。オリジナルアニメを作ろうと、ニコニコ動画公式掲示板に集まった人たちが作ったコミュニティ(企画)である。

留年を繰り返すダメな大学生、湯沢は、突然ニコニコ動画の中の世界に取り込まれてしまう。そこで管理プログラムを名乗るニコという少女に出会う。しかし、仮想世界の中でも動画を見続けるというダメなニコ厨っぷりを発揮する湯沢。ニコは、そんな湯沢に対してニコニコ動画ハッカーの攻撃を受けていることを明かす。そして闘いの火ぶたが切って落とされた。湯沢はニコニコ動画壊滅の危機を救えるのか!?

あらすじ「News:ニコニコ動画ユーザー有志による自主制作アニメ作品『Code of Smile』を公開 - Nico-AnimationProjectWik」

ニコ-アニが始まったのは2007年8月15日。同じく長期制作(2007年4月7日〜2010年9月5日)となった「ローゼンメイデンにレッツゴー!陰陽師を躍らせたい」*1の約4か月後、「初音ミク」の発売直前(2007年8月31日発売)のスタートだった。その日から約4年9ヶ月(1726日間)。作品は完成・公開を迎えた。

私はニコ-アニへ、修士論文制作のためにフィールドワークを行なっている。コミュニティの方々に話しを聞き、制作課程にも参加した*2。その成果は「修士論文「インターネット上の映像制作コミュニティにおける構造と権限のあり方――ニコニコ動画を事例としながら」として公開している。

今回の作品公開にあたり、フィールドワークの中で研究者としての私が感じたことを書く。研究者として参加した私だから、この視点で企画を紹介するのが望ましいだろう。その概要は、「ニコ-アニへのフィールドワークは『オープンソースは、魔法の砂なんかじゃない』を強く実感させるものであり、『Mozillaプロジェクト』並の気づきを与えてくれるコミュニテイ・企画だった」である。

本文前に一言。『Code of Smile』の完成、おめでとうございます!

「創作コラボレーションは、魔法の砂なんかじゃない」

用語説明

オープンソース」:ソフトウェアのソースコード(ソフトウェアの設計図)を公開したもの。単に公開するだけでなく、それを自由に改変・複製できるようになっている*3。ネットを介して無数の人が制作に参加するのが特徴。

ジェイミー・ザウィンスキーはMozillaに挫折する

ニコ-アニの約4年9ヶ月(1726日間)*4を振り返ると、「オープンソースは、魔法の砂なんかじゃない」(Raymond 1999=2000)という言葉を思い出す。この言葉は、「Mozilla.org」(ウェブブラザの「Firefox」へつながるオープンソースプロジェクト)始動の中心人物であったジェイミー・ザウィンスキー*5が、Mozilla.orgから離れるときに述べた言葉である。正確には、以下のようにザウィンスキーは述べた。

断言しておきくが、Mozilla プロジェクトにどんな問題があろうとも、それはオープン・ソースがダメなせいではない。オープンソースはうまく働くものである。しかし、最も大切なことは、何にでも効くような特効薬ではないということである。もし、ここに教訓があるとすれば、死にかけたプロジェクトをつかまえて、オープンソースという魔法の妖精の粉をふりかけて、すべてが魔法のようにうまく行くなどということはない、ということだ。ソフトウェアは難しいのだ。問題はそんなに簡単なものじゃない。

Jamie Zawinski 1999 ”Resignation and Postmortem” (=1999 木村誠訳「辞職そして追悼。」)

もともとMozilla.orgは、ネットスケープ・コミュニケーションズ社が自社のウェブブラウザ「Netscape*6オープンソース化したことから始まる(1998年3月31日)。マイクロソフト社の「Internet Explorer」に市場を奪われたネットスケープ社が、起死回生の策として「Netscape」をオープンソース化することを決めた。オープンソース化することで、ネット上の力を「Netscape」に集めようとしたわけだ。

しかしネット上の力は、ほとんど集まらなかった。ネットスケープ社の開発者約100名がフルタイムで作業に当たったのに対し、集まったネットの力は片手間で作業を行う約30人。プロジェクト開始から1年を迎えても、ベーター版は作れない。

これらを受け、ジェイミー・ザウィンスキーはMozilla.orgをあきらめる(AOL社を退職)。それはMozilla.orgが始まってから、ちょうど1年目の1999年3月31日であった。

創作コラボレーションの難しさ

ニコ-アニへのフィールドワークで「オープンソースは、魔法の砂なんかじゃない」を思い出すのは、ニコ-アニの過去から現在を調べると、Mozilla.orgで現れたような問題が多く見つからである。たとえば、

  • 参加者の過剰(音声班や動画班のメンバー表から、初期には約200人以上がいたと推定した)
  • 内部対立(人数が多かった初期には、会議場所をどこにするか、まとめ役の権限をどうするかなどで対立する)
  • 個人批判(初期に見られた)
  • 各種まとめ役の消失(最初は動画班・音声班などにまとめ役が複数いたが、最終的に残るのは1人)
  • 長期間にわたる停滞(絵コンテ作りと効果音作りの時期は、停滞が見られる)
  • 参加者の不足・消失(初期の参加者がいなくなったため、途中から募集サイトで参加者を募ることが多くなった)
  • 情報共有の不備(絵コンテ制作時に担当者が離脱したかどうか分からず、3か月間待ったことがある)

が見受けられた。

ザウィンスキーがオープンソース自体について書いたように、創作コラボレーション*7も「ダメ」ではない。よりよい作品・より作業量が必要な作品・より多くの人に見てもらえる作品を作るには、創作コラボレーションは必要である。ニコニコ動画に投稿されるVOCALOID楽曲が、画像が一枚だけの動画から、複数人で作るPVに変わったように。

だが、ニコ-アニでのフィールドワークからこう思う。創作コラボレーションは魔法の砂ではない。問題はそんなに簡単なものじゃない。

ニコ-アニが見せてくれたもの

と、この悲観的な見通しだけでは終わらない。そもそもザウィンスキーがあきらめたMozilla.orgは、後に「Firefox」や「Thunderbird(メールソフト)」で成功した。決して失敗の事例ではない*8。そしてニコ-アニも最終的には作品を完成させた。

ここで、ザウィンスキー文章へのエリック・レイモンド(オープンソースに関する論文『伽藍とバザール』で有名なプログラマー)の反応を引用する。レイモンドは次のように答えている。

そりゃそうだ。Mozillaの長期的な見通しは、いま(1999 年 8 月現在)、Jamie Zawinski の辞職願の頃よりもかなり改善されてはいる――でも、オープンソースにするだけで、見当ちがいの目標やスパゲッティ・コードや、その他ソフト工学の欠陥に 苦しむプロジェクトが救われるわけではない、というかれの指摘は正しい。Mozilla は、オープンソースがいかにして成功するかという例と、いかにして失敗するかという例を同時に示してくれたわけだ。

Eric S. Raymond 1999”The Cathedral and the Bazaar”(=2000 山形浩生訳「伽藍とバザール」)

私はこの文章で、レイモンドが当時のMozilla.orgオープンソースの成功と失敗の両方を見た部分に注目する*9。私がニコ-アニで見ることができたのも、失敗と成功の両方だからである。

ニコ-アニは、創作コラボレーションが「いかにして成功するかという例」と「いかにして失敗するかという例」を同時に見せてくれた。それだけでなく、「いかにして成功から失敗へと向かうのか」、「いかにして失敗から成功(完成)に向かうのか」を見せてくれた。成功と失敗が入り混じったニコ-アニは、創作コラボレーションを研究する上で多くの気づきを私に与えてくれた企画・コミュニティである。

ニコ-アニをフィールドワークできたことは、研究者としてとても幸運なことだった。その幸運とフィールドワークを了承してくれたコミュニティの方々に感謝したい。ありがとうございます。

*1:動画作成用wiki@レッツゴー!メイデンズ - トップページ

*2:あくまで取材なので、絵を書いたり、音楽を作ったりのような直接的な制作には関わっていない。会議の議事録や記録係を行った

*3:より厳密な定義は、「オープンソースとは【open source】(OSS) - 意味/解説/説明/定義 : IT用語辞典」や「The Open Source Initiative: オープンソースの定義(日本語)」を参照

*4:私がニコ-アニと関わりを持ってからは約2年9ヶ月間。修士論文提出日で区切ると約1年5ヶ月間

*5:Jamie Zawinski。当時、AOL社ネットスケープ・コミュニケーションズ事業部門の従業員。もともとはネットスケープ・コミュニケーションズ社の社員。しかしネットスケープ社は1998年11月にAOL社に買収されている

*6:正確には、ウェブブラウザー・メールソフト・HTML編集ソフトが集まった「Netscape Communicator5.0」

*7:個々人による作業を何かしらの方法によって、一つの成果物(著作物)に結実させる行為

*8:ただウェブブラウザに関しては、別のオープンソースプロジェクト「Chromium」(「Google Chrome」の基になるもの)に最近負けているが

*9:ザウィンスキーもMozilla.orgの成功部分は書いている