犬が眠った日

研究分野は社会学・インターネット上の表現活動。その関係の記事多し

私が今後の研究でやりたいこと―著作物創造・利用サイクルの変化とその中における「ピアプロ」の位置付け

本エントリーは、大学院で私がやりたいと考えていることです。研究計画書のβ版と考えています。

 私は今後の研究において、個人やコミュニティが持つ著作権意識の研究を進めていきたいと考えている。具体的には、クリプトン・フューチャー・メディアが運営している「ピアプロ」に参加しているユーザーへの権利意識に関する質的調査と、彼らが選んでいるライセンス分布の統計学的調査をやりたいと考えている。

著作物(コンテンツ)創造・利用サイクルの変化

 現在、著作物(コンテンツ)の創造・利用サイクルが大きく変わりつつある。著作権法の元となる「出版特許」が生まれた15世紀中頃から最近まで、小説や音楽などは創作者が企業を通じて「消費者」へと供給されるものであった。現在でも、この形態は主流としてある。しかし近年、パソコンやコピー機などの創作技術・複製技術の発達とインターネットによる流通技術の発達により、創作者が直接人々に著作物を提供することが可能になった。梅田望夫はこのような状況を「総表現者社会」(梅田 2006:145-50)と呼んでいる。
 さらにこの「総表現者社会」では、個人がバラバラに自分達のオリジナル作品を生み出し、生み出された作品はただ個人という消費者によって消費されていくというだけではない。
 まず、卒業論文で事例として挙げた「フリーソフトウェアオープンソースソフトウェア」や「アスキーアート」も、その創作過程には「コミュニティ」という存在が関わっている。これらの著作物は、インターネットというネットワークを通じて、そのコミュニティが共同作業的に作っているものなのである。彼らは自分達が作ったものを誰かが使うことを認め、誰かが作ったものを自分の作品に取り入れながら創作活動をしている。「個人がバラバラに」ではなく、「個人が繋がって」作品を生み出している。
 次にこの状況において、個人は著作物を消費・使用する(閲覧・観覧。著作権に掛からない行動)だけでなく、利用する(コピーする、改変する、翻案する。著作権に掛かる行動)立場にも立つことが可能になった。たとえば、以前なら設備をそなえた業者が行っていた「海賊版」(知的財産権を侵害して作られたもの)の流通を個人が行えるようになる例がある。パソコンで複製したソフトウェアをネットオークションを利用して販売したり、P2Pを利用して音楽ファイルや画像ファイルを流したりすることを個人が行えるようになった。このような故意の侵害でなくとも、著作権を知らず著作物を自分のサイトやブログに転載するという行為も発生している。中山信弘はこのような状況を「一億総犯罪者」(ITmedia News 2008年3月3日)と表し、岡本薫は「一億総クリエーター、一億総ユーザー」(岡本 2003:4)と表現している。
 ちなみに先ほど述べた、個人が繋がって作品を生み出しているという状況も、個人が著作物を利用する立場に立ったことを表している。個人の繋がりは、コミュニティ内部での相互利用を通して行われているからである*1
 そして、その利用者には個人だけではなく、既存の企業も含まれる。今までコンテンツを提供してきたコンテンツ企業(出版社、音楽出版社など)では、2次創作という形でファンなどによって同人誌や同人ゲームが作られるということがあった。これらの2次創作作品は、インターネットの流通力によって以前より広く行き渡っている。
 このような状況において、コンテンツ企業の中には作品をただ利用されるだけでなく、そこから作られた作品をまた利用する、あるいはそれを促進する立場に立つものが現れている。角川グループは、自身が権利を持つアニメキャラクターの「2次創作」動画を動画サイト「YouTube」に投稿することを公式に認めた*2。また、クリプトン・フューチャー・メディアという企業は、自身が権利を持つ「初音ミク」や「鏡音リン」というキャラクターの2次創作を推奨している。このキャラクターを使った2次創作は、インターネットの動画共有サイトやイラスト投稿サイトにおいて多数書かれている。「フリーソフトウェアオープンソースソフトウェア」や「アスキーアート」もそのような例(ソフトウェアの場合は、コミュニティが作ったオリジナルのものを利用)がある。創作・利用の流れが一方通行ではなく、循環する道が広がっているのである。
 このような複雑な役割関係が、著作物の創作・利用サイクルでは現れている。私は、この役割関係の中心にあるのが、そのサイクルで活動するプレイヤー達の著作権意識だと考えている。人々が自身の作った著作物・他者が作った著作物についてどのような意識を持っているのか、その背景はなんであるのか、これを知ることがこのサイクルの今後やその問題点を議論していくうえで重要だと考えている。

研究事例としての「ピアプロ」の特性

 具体的な研究対象としてあげた「ピアプロ」は、このような意識や背景を調べていくうえで私が注目している事例の1つである。
 「ピアプロ」は、「クリプトン・フューチャー・メディア」というソフトウェア会社が運営しているコンテンツ投稿サイトである。このサイトでは、登録したユーザーが自分のページを与えられ、そこに自分が作ったイラスト・音楽・歌詞を投稿することができるようになっている。投稿された作品は、そのページを訪れた人々によって観賞&利用される。

図 1「ピアプロ」のサイト画像

 「ピアプロ」にはいくつか特長がある。
 1つ目に、「ピアプロ」という名前である。「ピアプロ(ピア・プロダクション)」という言葉は、イェール大学のヨハイ・ベンクラーが使用した言葉である。『ウィキノミクス』によれば、「無数の人と企業がコレボレーションを通じて業界に革新や成長をもたらすこと」(Tapscott and Williams 2006=2007:20)を指している。「ピアプロ」自身もこの言葉を意識しており、「ネットのクリエイター同士がお互い同意の上で作品を持ち合って協業できるようになったら、どんな凄いものが生まれてくるんだろう?」(伊藤 2007)と述べている。
 2つ目にその「協業」を実現させるために、サービスに組み込ませている「ライセンス表示」である。「ピアプロ」では作品を投稿するさいに、その作品に付けるライセンス選ぶようになっている。ライセンスは、まず「複製・頒布」と「非営利目的」がデフォルトで選択されている。そのうえで、作品の改変を許可するか(「改変」)、作品を利用させるとき、一緒に名前を書いてもらうか(「氏名表示」)の二つを選ぶことができる。
 個人のサイトなどで公開されている作品は、このようなライセンス表示を付けていないところもある。「ピアプロ」はライセンス表示を義務付けることによって、作品が利用されやすいようにしているのである。

図 2ライセンス選択画面

 3つ目に、現時点で「ピアプロ」に投稿が許可されているイラストは「VOCALOIDシリーズ」のキャラクターというクリプトン・フューチャー・メディアが権利を持っているキャラクターだけだという部分である。
 「VOCALOIDシリーズ」とは、クリプトン・フューチャー・メディアが発売している「歌声作成ソフトウェア」のことである。このソフトウェアには実在する人の音声データが入っており、ユーザーがそのソフトウェアを操作することによって、その人の歌声が作れるというソフトウェアである。さらにクリプトン・フューチャー・メディアではそれにキャラクターを起用し、「初音ミク」や「鏡音リン・レン」というキャラクターがその歌声の持ち主であるという物語を追加した。現時点で「ピアプロ」に投稿が許されている(「余りに間口を広げても創発が起きないので、また自社の責任が及ぶ範囲」という理由から)キャラクターとは、これらのキャラクターのことである。



図 3「VOCALOID2 初音ミク」(左)・「VOCALOID2 鏡音リン・レン」(右)パッケージ
 これらの特長から、「ピアプロ」は新しい創作・利用サイクルを意識した存在であると私は考える。クリプトン・フューチャー・メディアは自社が権利を持つキャラクターを自由に使わせており、そこで生まれた作品を利用してもいる。「ピアプロ」の中でユーザーは自身の作品をただ公開するだけでなく、相互に影響しあって(Aが音楽を作り、Bがその音楽に合うイラストを描くなど)コミュニティを形作っている(形作れるようなシステムを「ピアプロ」が提供している)。これらの特長は、新しい創作・利用サイクルに合致する。
 そして、「ピアプロ」においては、ユーザーが作品にどのようなライセンスを付けたかの統計的調査が可能である。以前、私が「ピアプロ」に問い合わせたところ、2007/12/3〜2008/1/28までに投稿された全作品は合計12,991件であり、氏名表示(作品を利用するときは、一緒に作者の名前を書く)というライセンスの比率がCreativeCommons(著作権ライセンスを提供している団体。「ピアプロ」で採用されているライセンス形態の元になった)と比べて低いことが分かった*3
 この「ピアプロ」を事例として研究することは、人々の著作権意識やその背景を知り、著作物(コンテンツ)の創造・利用サイクルを分析するのに大いに役立つと考える。

*1:このような個人の繋がりは、「アスキーアート」や「フリーソフトウェアオープンソースソフトウェア」のように、相互に了承がある中で行われるとは限らない。誰かがネットに発表した作品を、他の誰かが了承が無い中で「2次創作」するということもある。

*2:[http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0801/25/news044.html:title]

*3:[http://d.hatena.ne.jp/wanda002/20080129/1201615348:title]