犬が眠った日

研究分野は社会学・インターネット上の表現活動。その関係の記事多し

コミックマーケットにおける「総参加者主義」と「非営利性」の意味と歴史

説明

以下の文章は、今度の夏コミに出す予定の論文(全文公開中)「同人文化における『頒布』の意味解釈」の参考文献となっています。
夏コミについて→「「ロージナ茶会」で、2010年夏コミ参加[8月15日 東地区 N-01b]- 犬が眠った日

コミックマーケットの総参加者主義

 即売会ではサークルが同人誌やグッツを売り、来場者がそれを金銭と交換する。もし、その場がコンビニやスーパーであった場合、サークルは利益を追求する「商人」であり、来場者は「お客様」と捉えられるはずだ。

 だが、コミックマーケットではそうではない。
 まず、準備会は即売会で同人誌やグッツを売るのではなく、主に買いに来ている人々を「一般参加者」と呼ぶ。この呼称の背景には、「コミケットを取り行うのは全ての参加者であるというのが基本であり、内実を作っていくのも全参加者です。そして、参加者全員はすべて平等である必要があります」(コミックマーケット準備会編 2009:2)という考えがある。「お客様」という言葉には、家に訪れた人を意味するときの「部外者」や、商売でお金を払う側のような「相対的に立場が上の者」を暗に伝える。「一般参加者」は、それらを否定した呼称である。

 歴史的な経過を述べると、「一般参加者」は最初からその呼称だったわけではない。初期には、「一般参加者」を「来場者」と呼んでいた(コミックマーケット準備会編 2005:32-9)。「コミックマーケット4」(1976年12月19日)での事前配布物には、「又、お客様(入場無料)としてコミケットにおいでになりたい方で希望者には、特に通知案内状をお送りします」(同上:40 強調引用者)とも書かれている。

 変化が生じたのは、「コミックマーケット5」(1977年4月10日)からの可能性が高い。「コミックマーケット5」での「コミケットレポート5」では、「一般参加」が使われている(同上:44)。第4回は、コミックマーケット初の入場制限が行われた。人数増加への対処法として、各個人に自律の意識を持たせる「一般参加者」が、第5回では使われたのかもしれない。

 そして、「コミックマーケット14」(1980年5月11日)では、準備会からより強く「全員参加者」の意見が出された(下の引用文)。「企画参加者(現在のサークル参加者)の義務と心得」という事前配布物も配られていることから、参加者意識の徹底(サークル参加者の意識も含む)がこの時期に行われたのだろう。第14回は準備会の組織が強化された時期でもある。第5回同様、参加者拡大への対処から参加者意識徹底の必要が出てきたのではないだろうか。

 「コミケットとは?」等と書き出さなければならない。というのは、前回のコミケットで、あるサークルが「俺たちは客なんだぞ!」と準備会に向かっていったということを聞いたからである。ハッキリ言って準備会は参加サークルに対して商売をしているわけではない。(中略)
 また、同人誌を買いに来る人達も「客」ではない。準備会が、参加サークルを企画参加者、買いに来る人達を一般参加者と書いてきたのは、「コミック・マーケット」が漫画・アニメファンたちのコミュニケーションの場であるという認識からだ。同人誌を媒介にして、漫画ファンたちがつながりあるという前提なしには、コミケットは続けてこれなかっただろうし、続けてもいけないだろう。コミケットは、「商売」の場を提供しているわけではない。(中略)
 コミケットを作っているのは、参加サークルであり、それを見に、買いにやってくる漫画ファンたちなのだ(同上:78)。

コミックマーケットの非営利性

 「非営利性」とは、サークル参加者が営利を追求することは準備会(その考えに賛同する人達)においてどのように評価される行為なのかというものである。

 これに対して、コミックマーケットはどちらかと言えば非営利主義の空間である。「どちらかと言えば」と書いたのは、それが微妙な立ち位置にあるからである。例えば、コミケットマニュアルには以下のように書かれている。

コミケットはアマチュア、営利を目的としない団体(サークル)、個人のための展示即売会です。基本的に法人(会社)あるいはそれに準ずる方の参加はお断りします。
(中略)
制作原価よりも著しく高い価格をつけたり、ビニ本まがいの悪質な売り方、もうけ主義、営利主義はコミケットの趣旨に反するのでやめて下さい。一般から苦情があった場合、準備会から事情を聞くこともあります。
コミックマーケット準備会編 2009:10)

このように、公式文書においてコミックマーケットは非営利の空間である(ただし、この場合の「非営利」が、NPO法人などの非営利組織の設立要件となる「剰余金の分配を目的としない」という意味なのか、それとも単に「利益を追求しない」なのかは不明である)。先の引用文にもあったように、「コミケットは、『商売』の場を提供しているわけではない」のだ。

 だが、歴史的な背景を追っていくと一概にはそうも言えない。まず、そもそも「コミックマーケット」が即売会を中心としたイベントであるということだ。それ以前のマンガ・アニメファンのイベントでは、プロ作家の講演や古本オークションなど、様々な催しが行われた。その中で、同人誌と金銭の交換が行われる即売会が意識的に選ばれている(霜月 2008)。

 また、コミックマーケット初代代表を勤めた霜月たかなの『コミックマーケット創世記』では、亜庭じゅんコミックマーケットの母体となった「迷宮」のメンバー)の言葉として以下を引用している。この文章は、コミックマーケット誕生時における亜庭のコミックマーケットへの思いである。

 そしてそれ以上に大きかったのは“マーケット”という言葉だった。フェアでも大会でもないマーケットは、コミケットの機能を重視した時、当然選択される言葉ではあった。だが、そう命名することで、同人誌に対して金銭のやりとりを正面切って肯定する、いやむしろ、推進するという道を開いた。これは当時の同人誌にとって革命的な転換だった。事実として本の販売で、金銭のやり取りが行われないわけはない。しかし、そこには本を出すための必要悪だと言う若干の後ろめたさがついてまわっていた。だがマーケットのひと言はそんな自己満足的なストイシズムや思い入れを剥ぎ取り、同人誌を裸の商品として、その評価を市場=読者に委ねるような機能をしてしまう。“ぐら・こん”があった頃に同人誌を持って、“売り上げ!”等と叫び回ることを誰が想像しただろう(霜月 2008:132)。

 他にも、吉本たいまつは「コミケ独自の特徴」の一つとして、「ビジネスを否定しない」ことを挙げている(吉本 2009:91)。

 以上の反証はあるにしても、現在の準備会が非営利主義を理念として持っているのは確かである。米沢嘉博の話によれば初期のコミックマーケットの反省会でも、サークル参加者のぼったくりなどが議題にあがることがあったという(コミックマーケット準備会編 2005:67)。実際の状況としては、常に議論が行われているテーマなのかもしれない。

参考文献

コミックマーケット準備会,2005,『COMIKET30’sFILE』青林工藝舎
コミックマーケット準備会編,2009,『コミケットマニュアル78』コミケット.
霜月たかなか,2008,『コミックマーケット創世記』朝日新聞.
吉本たいまつ,2009,『おたくの起源』NTT出版

この文章への反応

hayashida_twhttp://bit.ly/hZZEIS 「営利目的の販売会」として会場借りるのと「文化交流が目的の場」として会場借りるのとで、(半)公共施設を借りるときの費用が全然違うんだよ。(会場によっては前者では貸してさえもらえないとこもある。勤労青少年センターとかね)link
hayashida_tw変な例えだけど、東京ドームを「草野球」目的で借りると、スゲー安い。そのための助成金が出てるから(たしか)。だけど、イベント会場として借りると、数千万の費用が掛かる。文化施設も同じ。link
hayashida_tw米沢さんの最大の功績は「タテマエ」を「理念」と言い換えて、それを「あまたの参加者に信じ込ませた」ことだと俺ぁ思うな。ただ、米沢さん(の時代を知るもの)はそれが「タテマエ」であることを弁えていたが、「理念ありき」の人間が増えてるのが何とも頭が痛いところですわね、みたいな。link
hayashida_twコミケの「全員が参加者」なんてーのは企業ブース入れた時点で完全に詭弁になっているわけで。link
hayashida_twちょっとさっきの続きな。「文化(地域)振興」を目的として同人誌即売会やコスプレイベントの助成金を自治体からゲットすることは難しくない、というか、普通にできてる。半公共(3セク)の会場を借りるのだってそうだ。ただ、当然原資は「税金」なので、納税者の方々に対する説明責任が生じる。link
hayashida_twんで、「納税者の代表」は誰か。といえばそりゃ議員さんである。つまりはそういうこと。link
hayashida_twんで、「タテマエ」の話ね。同人誌即売会とはなんぞや、と会場側に説明するタテマエは「ファンの集い」でも「物販イベント」でもなく、「文化交流」だ。生け花教室や社交ダンススクールと同じ。「みんなで漫画を描いて、お互いに交換するんです」という「タテマエ」になっている。link
hayashida_twだから「全員が参加者」としなければならない。実態は「客」だとしても。ただ、これははっきり言って「欺瞞」だ。(マーケットとしての)規模が拡大し、アダルトコンテンツが溢れる「即売会」の実態を知った自治体や関係各所が「締め出し」をするのは理不尽ではない。これまで騙してきたのは誰?link

林田貴光氏の指摘から、やるべき作業としては以下のことがあげられる。

  • 文化施設を利用するのに、利用目的によってどれくらい料金が変わるかの調査
  • 当時の関係者への直接の取材

更新履歴

2010/06/03

  • 本文の「営利追求」を「非営利性」に変更
  • 句読点の不自然さを修正
  • 引用文で強調した部分に、「強調引用者」を付け足し

2010/12/04

  • 文章への反応として林田貴光氏のTwitterを引用

2011/2/24