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犬が眠った日

研究分野は社会学・インターネット上の表現活動。その関係の記事多し

2010年夏コミ(コミックマーケット78)論文:「同人文化における『頒布』の意味解釈」の全文

コミケ

この論文の初出

 この論文は、2010年夏コミ(コミックマーケット78)のときに、サークル「ロージナ茶会」の同人誌に提出したものです。詳しくは、次の記事をご覧ください。

はじめに

 本論文では、同人文化において「頒布」という言葉が使用者のどのような動機の元で使われているのかを考察する。「頒布」という言葉は、似た意味を表す「販売」と比べると一般に見かける頻度は少ない。グーグルの検索結果は「販売:286,000,000、頒布:13,400,000」であり、ウィキペディアでは「販売:44,190、頒布:799」、朝日新聞アエラ週刊朝日のデータベースである「聞蔵2」では「販売:313,012、頒布:2,159」(すべて、2010年4月12日20時頃の検索結果)であった。だが同人文化の中では、あえて「販売」という言葉を使わず、「頒布」を使う人々がいる。同人文化の中では、「頒布」はどのように意味づけられた言葉なのだろうか。

 これを解明するため、本論文では以下のように論を進める。

 まず第一節で、「頒布」・「販売」がどれだけ使われているのかを知るために、同人即売会チラシにおける「頒布」・「販売」の使用割合を調べていく。ただ、これは統計学的に不十分な調査のため、「同人文化では、『頒布』の方が多く使われている」のような主張の直接的な根拠とはならない。ここでは、考えていくための参考としてこの割合データを扱いたい。第二節では、「頒布」の使用について言及した団体や個人を取り上げる。ここでは事例研究を通して、「頒布」の具体的な使用動機を見ていく。第三節では、これらを受けて「頒布」を使う動機の仮説を四つ提示する。最後に「おわりに」として、今後の課題として可能かもしれない仮説検証の方法を述べる。

 同人文化での「頒布」が、議題になることは多くない。著作権法児童ポルノ法の方が、多く取り上げられるだろう。だが、同人文化における「お金を得る」という行為の社会的位置づけを調べるために、必要な議論であると考える。

 なお、本文章は論文としての体裁を持つため、「おわりに」以外は敬称を省略している。

1.即売会チラシの「頒布」・「販売」の使用頻度データ

1-1 調査の注意点

 分析の初めとして、そもそもどれくらいの割合で「頒布」や「販売」が使われているか知る必要がある。その方法として、同人誌即売会のチラシにどの程度「頒布」や「販売」が使われているかを調べた。

 だが、統計学(社会調査法)的に今回の調査には次のような問題がある。

 第1に、他の方法と比べると、チラシから単語の使用割合を調べるという方法は有益性が低い。回収率の問題があるにしても、同人作家に直接アンケートを取る方がデータの有益度は高いだろう。

 第2に、今回の調査ではサンプルとしての偏りが大きい。推定統計学では、サンプルを無作為(ランダムに)に抽出することが必要となる。もちろん、発行された全てのチラシを一覧化し、そこから無作為にサンプルを選ぶことは現実的に不可能だろう。それでも多段抽出法、つまり46都道府県の内からいくつかの都道府県を抽出し、さらにそこからいくつかのチラシ取扱店を抽出した方がよい。

 以上の点から、このデータは同人作家の間で「頒布」や「販売」の使用割合を示す直接的な証拠とはならない*1。このようになったのは、その方法を実現する経済的・時間的余裕がないためである。

 そうすると、このデータはまったく無意味となるのか。

 私はそう思わない。まず、言葉の使用割合が分からなくとも、どのような言葉が使われているかを知ることができる。同時に、ある言葉が少なくとも一度は使われているという事実が分かる。そして、これらの情報を知ることで、今後の本格的な調査の見通しを持つこともできる。

 では、調査の結果を以下に述べる。

1-2 方法調査

 「コミックとらのあな名古屋店」の6階・5階・5階踊り場に置いてある同人即売会(店舗改装後は、7階、5階、2階)のチラシを収集した。基本的に週に1度立ち寄り、新しいチラシがあれば収集するという形を取った。収集を行い始めた正確な時期は忘れてしまったが、2009年10月頃から2010年3月30日の間に集めたチラシである。

1-3 結果

 それぞれの結果は以下のようになった(表1)。
表1 各単語が載っているチラシ数

単語 枚数
「頒布」 109
「販売」 45
「展示」 25
「発行」 37
「配布」 7
全枚数 179(即売会チラシ178+サークルのチラシ1)


ここでは「同人誌・グッツを頒布・販売する」という意味に使われたものに限定して、その言葉が使われたチラシの数を数えている。その中には、「販売員」や「頒布物」のような使い方も含めている。ただし、「○○即売会」のようなイベント名を表す部分は除いた。二つ以上の言葉を使っていたチラシや、どの言葉も使っていなかったチラシがあるので、それぞれの単語の合計枚数=チラシの全体数とはならない。それぞれのチラシにどのような単語が使われていたかは、論文末の表を見てほしい。

1-4 考察

 少なくとも、「販売」という言葉も使われていることが分かった。使われている即売会も、オリジナルの作品限定の即売会に限定されない。また、これは見落としていたが、「発行」という言葉も使われている。逆に、「即売する」のような使い方で「即売」が使われたものは1枚しかなかった。

 使用状況に注目すると、「配布」は「無料配布印刷物」や「チラシを配布」のように使われているため、無料との関係を強調するときは「配布」が使われるのかもしれない。また、即売会のカタログに関しても「頒布」を使うチラシと、「販売」を使うチラシがあった。ここにも何かの使い分けがあるのだろうか。

 割合に関しては、繰り返し述べるように母集団の状況を知るための根拠とはならない。だが、仮説としては「頒布」が一番よく使われていると考えてもよいかもしれない。

2.事例の検証

2-1 コミックマーケット準備会

 コミックマーケット準備会(以下、準備会)が運営する「コミックマーケット」は、日本最大級の同人即売会である。後述する、個人の「頒布」使用動機が語られるさいにも、コミックマーケットが言及されている。

 結論を述べると、準備会は「頒布」も「販売」も状況によって使い分ける立場である。『COMIKETPRESS28 特集印刷会社パート? side-B』(コミックマーケット準備会 2008b)には、以下のように書かれている。引用文は、コミックマーケットへのサークル参加申込書の文章の一部が「活動概要」から「頒布物概要」に変わることを伝えた前号のコミケットプレスに、書き間違いがあったという読者からの指摘と、それへの準備会の返答である。

ミス発見!「人として」の1コマ目のフキダシ「『領』布物概要」となっていますが「『頒』布物概要」の誤りですよね?ちなみにコミケでは「領布」と言ってはいけないのでしょうか?頒布じゃなきゃダメな理由って?
(無記名)


「頒布」が正解ですね。申し訳ありません。コミケットでは有償のものだけではなく、無料配布もありますので、「頒布」という言葉を基本的には使っています。ただし、サークルさんが「頒布」以外の言葉を使っては「ダメ」という性質のものではありません。準備会でも、書類によっては「頒布」と言い換えるとわかりにくい場合、「販売」という言い方を残している場合もありますので。(中略)
(申込書担当)
コミックマーケット準備会 2008b:24)

引用文から分かるように、準備会が「頒布」を使うのは、有償での受け渡しと無償での受け渡しを一つの言葉で表すためである。それも絶対的なものではなく、場合によって使い分けている。また、強制もしていない。

 このことがよく分かるのは、同号p17の4コマ目だろう。


図1 「頒布」と「販売」の使わけの例(同上:17)

 図1の背景は、コミックマーケットへのサークル参加申込書である。そこには、これまでの「販売実績」を書く欄が描かれている。その一方で、コマ上の横山俊は「頒布した物」と述べている。ここに、準備会の使い分けが見て取れる。また、上の話を総合して分かるように、現状のサークル参加申込書には「販売」と「頒布」の二つの言葉が載っている。

 その他の例としては、『COMIKETPRESS総集編2』(米沢 2000)の「コミケット用語集」に載っている次の文章である。ここでも同様に、販売と頒布が混在している。

販売物確認
その日に頒布する本・グッズ等全てに対してコミケットアピール・マニュアルに違反するものがないか確認すること。
米沢嘉博 2000:43)

 なお、このような無料と有料を区別しない「頒布」の定義は、著作権法における頒布の定義(著作権法第2条19項)と同義である。

2-2 フランと「教えて!goo」の人々

 「同人誌 頒布」でグーグル検索を行うと、「同人誌は『販売』するものではなく『頒布』するもの」(フラン 2008/5/23)というブログ記事が、1番目に表示される。この記事では、「教えて!goo」の意見を引用しながら、準備会の理念から「販売」ではなく「頒布」を使う(使うべき)としている。

 その理念とは、「総参加者主義」とも呼べる以下のような理念である*2

コミケットは企画参加者としてのサークル、読み手、受け手としての一般参加者、そして準備会の三つを構成要素として行われるマンガ、アニメetcのファンの交流会です。コミケットを取り行うのは全ての参加者であるというのが基本であり、内実を作っていくのも全参加者です。そして、参加者全員はすべて平等である必要があります(コミックマーケット準備会編 2009:2)

直接引用している「教えて!goo」の文書は、次のようなものである。

コミックマーケットの基本理念」に「来場者は、全員がイベント参加者であり『お客』と言う立場の人間は居ない。一般入場であっても『参加者としての自覚』を持たなければいけない」と言うのがあります。
そして「販売」や「発売」は「お客さんに対して」行う行為です。
でも「コミックマーケットにはお客は居ない」ので「販売」や「発売」と言う単語は不適切です。
それに、サークルによっては、手作りの折り本を無料で配る事もあります。
そのため「販売」ではなく「頒布」と言う単語を使う訳です。
もちろん、売り手として「金儲けじゃなく、ただ単にみんなに見てもらいたいから」と言うのをアピールする意味で「頒布」と言う単語を使います。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3517346.html

 たしかに、現在の準備会は買い手・売り手・スタッフ全てが参加者であることを強調する。そのため、その呼称も「一般参加者」・「サークル参加者」・「スタッフ参加者」となっている(コミックマーケット準備会 2008c:27)。ただし、これらの呼称とは違い、準備会は「頒布」という言葉には熱心なアピールを行っていない。先にも書いたように、準備会自身も「販売」を使うことがある。

 これらのことから、総参加者主義が「頒布」使用に繋がったことは、準備会の意図とは別のところで起こったことである。この意味での「頒布」使用は、準備会に影響を受けた人々による自主規制と言える。

2-3 有村悠を中心としたツイッターでのやり取り

 次に取り上げるのは、アニメ・漫画系のフリーライターである有村悠(@)を中心としたツイッターでのやり取りである(wanda001編 2010)。ここでは、「頒布」を使う理由をめぐって様々な意見が交わされている。その中でも、原作者(おそらく、著作権者と表記しても問題ない)への意思表示として「頒布」が使われていることが述べられている。

 同人音楽に深く関わっている、あかみ(@)が述べるところによると、原作者とのやり取りの中で、「頒布」を使う必要が出てきたという。

akami_orihime@y_arim 単なる歴史的経緯だけではなくて、一部の(といっても同人原作として重要な)原作者は「販売は認めないが頒布は認める」と主張しているため、販売という単語を使えないというのもあります。 *Tw*link
y_arim@akami_orihime おおなるほど、たしかに。「販売は認めないが頒布は認める」ってのもかなりムリクリな建前論ですけれども、原作者側からそういう言葉が出てきたというのは重要ですね。link
akami_orihime@y_arim 普通の同人誌即売会なら常識的なやり方を続ければ良いだけで問題にならないのですが、同人演奏会(notライブ)ジャンルの立ち上げの際にはいろいろ問題になりました:あの世界で「お客様」と呼ばず *Tw*link
akami_orihime@y_arim 「一般参加者」という言い方をしているのも、そのへんが理由です *Tw*link

本当に原作者からそのような発言があるかの裏取りは、まだできていない。また、「頒布」が原作者を意識した言葉であるにしても、そこにどのような意味が込められているか、あかみや有村は明言していない。

 だが後者に関しては、有村の別のツイッター上でのやり取り(wanda001編 2010の「区切り2」)から、非営利性の意味が込められていると私は見る。これは、有村の「ぉぉぉぉぉなぜ文学フリマサークル参加者は平然と『販売』と書けたりするんだ『頒布』だろがバカヤロウ」というツイッター投稿から始まったやり取りである。やり取りでは、先のあかみの発言を引用しながら他の人々と議論している。

 もともと準備会自身も、コミックマーケット非営利の空間であることを公式文書にて書いている*3

 コミケットはアマチュア、営利を目的としない団体(サークル)、個人のための展示即売会です。基本的に法人(会社)あるいはそれに準ずる方の参加はお断りします。
(中略)
 制作原価よりも著しく高い価格をつけたり、ビニ本まがいの悪質な売り方、もうけ主義、営利主義はコミケットの趣旨に反するのでやめて下さい。一般から苦情があった場合、準備会から事情を聞くこともあります(コミックマーケット準備会編 2009:10)

先の「教えて!goo」の引用の後半は、この自主的な非営利性から「頒布」を使うことも示している。

 ただし、準備会の文書からは原作者への意思表示としての非営利性は見て取れない。このことから、先の総参加者主義からくる「頒布」使用と同様に、権利者に非営利性を示すための「頒布」も、準備会とは別の所で起こった現象であると考える。

3.仮説

 以上、準備会と個人の「頒布」を使う動機を見てきた。ここでは、これらを受けて「頒布」を使う動機を仮説として提示する。

 第1に、以上のような動機を見てきたが、そもそもそういうしっかりした動機が存在しない人もいるだろう。つまりは、「皆が使っているから、とりあえず私も使おう。どうやら『頒布』という言葉を使う風習なんだな」というふうな動機から「頒布」使う場合である。

 第2に、準備会のように、有料と無料を一つの言葉で表すために「頒布」を使う立場である。何かしらの思想や意図を持たず、道具的に「頒布」を使う立場とも言える。

 第3に、準備会が主張する「総参加者主義」に影響を受けた人々が、頒布を使う場合である。

 第4に、自身の非営利性(原作者への意思表示を含む)示すために「頒布」を使う場合である。

 この種の問題で、原因が一つに限定されることはないだろう。可能性としては、人の数ほど「頒布」を使う動機があるかもしれない。そのため、より多くの人が該当する動機は何なのか、を検証していくことになる。

4.おわりに

 今後の課題としては、三節の仮説を実際に検証する必要がある。そのために、フラン氏や有村氏、あかみ氏などにインタビューを行い、より詳しく「頒布」を使用する動機を伺っていきたい。

 くわえて現在考えているのは、明治大学の「米沢嘉博記念図書館」でサーベイ調査をすることである。「米沢嘉博記念図書館」には、これまでのコミックマーケットの見本誌が所蔵されている。その見本誌に記載されている「頒布」・「販売」数の年代ごとの変化を調べれば、「同人誌の著作権問題が起こったときに、『頒布』の使用に変化が見られる」などの結果が出せるかもしれない。

参考文献

更新履歴

2011/1/31

  • 参考文献で「『マンガ研究』vo1.9」となっていたのを「『マンガ研究』vol.9」に修正

2011/2/20

  • pdfバージョンを追加

2011/2/24

2011/4/13

  • 即売会チラシの単語表の数字間違いを訂正

2014/08/17

  • 記事の最初に、論文の初出に関する情報を記載
  • PDFファイルのリンクを変更

*1:その点では、対象が「コミックマーケット66」だけであるにしても、コミック文化研究会が行ったサークル参加者へのアンケート調査(コミックマーケット準備会 2005:290-305、玉川 2006)の方が全体として優れている(この調査の中で、「頒布」の使用状況が調べられたわけではない)。

*2:この総参加者主義の歴史的変化については、筆者の「コミックマーケットにおける「総参加者主義」と「非営利性」の意味と歴史 - 犬が眠った日」を参照。

*3:ただし、これらの非営利性がNPO法人などの非営利団体設立時の要件となる「剰余金の分配を目的としない」という意味での非営利なのか、単純に「利益を追求しない」という意味での非営利なのかは不明である。前者の場合は、利益が出ても、その利益を事業に回せば問題が無い。例えば、『同人漫画大百科』のインタビューの中で、漫画家の高河ゆんは次のよう述べている。このような利益の使い方は、前者に該当する。

あのころは世間一般でもバブルのハシリだったわけで、いろんな意味で活気がありましたよね。即売会が多ければそれだけ人が集まるし、それによって本が売れるし、それによって利益が増え、新しい本がどんどん出せるようになったわけです。箔押しやハードカバーなんかもお金がないとできませんものね(富永博人 1992:74)
また、コミックマーケットの誕生史的にはこの非営利性も微妙な立場にある(ワンダ 2010

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